Romantic?

It's Realistic.

報われぬ恋

その最初がいつだったのかはよく覚えていませんが、遅くとも中学2年の頃には簡単な洋書を読んでいました。小さな頃から英語に強い興味があり、その延長上でそんな趣味が生まれたように思います。もちろん日本語の小説を読む頻度の方が圧倒的に多かったですし、変に誇示していると思われたくもなかったので、家の中でしか洋書は読みませんでしたが…。「英語で書かれた本を読む」ということがバレてしまったら、クラスで浮いてしまうのではないかという心配をしていたほどでした。

高校に入ると、周りの友人のレベルもそれなりに高かったということもあり、洋書を読んでいるクラスメイトがいました。そこで初めて他人と外国文学について話す機会が生まれました。その際に知った作家が、William Somerset Maugham (日本語では「ウィリアム サマセット モーム」の表記が一般的)です。読み始めたらいっぺんにハマってしまい、今に至ります。

さて、モームには多くの名言があります。今日はその中の有名な一つを紹介しましょう。

The love that lasts the longest is the love that is never returned.

「最も長く続く love は、報われることのない love である」(筆者訳)

--A Writer's Notebook (1946)

これがどういう意味か、ということが本題です。この一文だけを見る限り、私は2通りの解釈の仕方ができるのではないかと思います。これが、love を日本語に直さなかった理由でもあります。

もう一つの解釈は次回に預けるとして、今回は「片想い」という観点で考えていきましょう。

 

The love that lasts the longest is the love that is never returned.

「最も長く続く愛は、報われることのない恋である」(筆者訳)

一見、矛盾しているように見えます。

さて、読者の皆さんは、恋をしたことはありますか。おそらく、恋をするときには多くの人が片想いから始まるはずです。そして、自分の気持ちを相手に伝えたいと思うことでしょう。それは全て、相手にも自分を好きになってほしいからです。そう、報われる恋を求めて。

そしていつか、勇気を出して告白するときが来たとします。そこでOKをもらえれば最高ですね。でも、必ずしもそうとは限りません。「ごめんね…」ということもありうるわけです。そのとき、あなたの恋はぷつりと切れてしまうかもしれません。たとえ自分の気持ちを諦められないとしても、そのどこかに傷がついてしまうでしょう。そして、このように思うのです。「片想いのままなら、ずっと好きでいられたのに」。

 

もちろん、報われた恋はその後も続きます。しかし、恋に限らずとも、始まったものには必ずいつか終わりが来てしまうものです。それは2人の心が離れてしまうことかもしれませんし、一方が亡くなってしまうことによるものかもしれません。

一方で、片想いには終わりがありません。いずれ片想いの気持ちが薄れてゆくとしても、その過程には、好き合っているときに感じるような痛みを伴わないはずです。

両想いの終わりを氷が突然割れることに例えるならば、片想いの消滅は水の蒸発とでも言えるかもしれません。ふと気づいたときに見えなくなっているものは、たいがい形を変えてどこかにあるものです。それは確かに恋とは呼べない形かもしれないけれど、その後もずっと続く気持ちであるはずです。

その意味でも、「報われない恋が最も長く続く」のでしょう。しかし、長く続く恋が最善であるとはモームは言っていませんし、私もそうは思いません。恋は人に夢を見せる一方で、時に人を縛って動けなくするものでもあります。

もちろん、互いに好きであり続けるのなら、永遠に続くことに越したことはないのですが、殊に片想いにはどこかで自ら区切りをつけなくてはならないと思います。コップの水の蒸発を待つのではなくて、古い水を排水口に捨てて新鮮な水を入れることで、新たな味を知ることができるかもしれないのです。

愛は地球を救わない

前回の記事で、「愛をテーマに書きます」なんて、まるで博愛主義者のような宣言をしたにも関わらず、いきなりそれをひっくり返すようなタイトルをつけてしまったことを、まずお詫び申し上げます。私はそういう男なのです。何はともあれ今後も永らくお付き合い願いたいと思います。

 

さて。先日、日本テレビ系某チャリティー番組のメインパーソナリティが発表されたそうです。この「メインパーソナリティ」という存在が生まれた2003年以降、これを担当したのはジャニーズメンバーしかいないというのですから驚きます。いっそのこと「ジャニーオーソリティ」とでも名称変更した方がよいかもしれませんね。

話が少し脱線しかけましたが、この番組の題名をもじったのが、この記事のタイトルです(言うまでもありません)。「このブログの筆者はひねくれているな」と思ったあなた。それではあなたは、本当に愛が地球を救うと思いますか。

 

愛が引き金となって全く逆の方向に行ってしまうことは少なくありません。愛する家族を守るために他人と対立し、愛国心のぶつかり合いが戦争をも引き起こします。宗教紛争も、互いの信仰する教義への愛が根底にあります。

立場の対立だけではありません。某番組の核であるかもしれない障害者をとりまく環境についても同じことが言えそうです。

たとえば、こんなことを主張する人がいます。「社会がもっと障害者に優しくならなくてはならない。物理的な障壁だけではなく、心の障壁も取り除くべきだ」。言うなれば障害者への愛が足りない、というわけですね。これはある意味では正しく、ある意味では違っていると思っています。

車いす利用者のために段差をなくしたり、視覚障害者のために点字ブロックを張り巡らしたりすることは物理的障壁の軽減に繋がります。また、障害者を差別したり、故意に不要な不自由を生じさせたりするのはあってはならないことです。時には援助・補助も必要でしょう。その点では間違いありません。反論する余地がありません。

しかし、そのような愛が、地球を救うのでしょうか。上に書いたことは、全て当然のことではありませんか。「地球を救う」とは、「疲弊した地球市民の心を回復させる」「世界・地球単位での幸せをもたらす」という類いの意味であると理解していますが、人を愛するなどという極めて当たり前のことをするだけで達成されるほど、このことが簡単だとは到底思えないのです。単なる愛だけではなくて、もっと色々な要素が合わさって地球は救われるのだと思います。しかし、それが何であるかは私には分かりません。だからこそ、安易に「愛は地球を救う」などと言うべきではないと伝えたいのです。

 

とはいえ、私は「愛が地球を救えない」と思っているのではありません。「救えない」のではなくて、「救わない」のです。

既にこの世界には、愛があふれています。全ての人が"何か"を愛しています。しかし、愛の方向がそれぞれ異なります。

愛は、その愛に対立するものを嫌悪する感情に直結するものです。何かを愛するからこそ、何かを嫌悪するのです。だからこそ、争いが絶えません。それなら、みんなが同じ方向を向いて、同じものを愛せばいいじゃないか。確かに、その社会は何においても平和でしょう。しかし、それは不可能であるとともに、全く魅力的ではありません。価値観が生まれない世界です。人それぞれが違うものを好み、嫌うからこそ、この世界は成り立っているはずです。

 

愛は地球を救いません。救えるけれど、やはり救わないのです。

愛について考えるブログです

自身3本目のブログです。1年ほど毎日更新して書き綴った最初のブログと、雑多な思いを整理しようとして作成した2つ目のブログの収穫と反省点を生かした、最高傑作にしたいと意気込んでいます。

 

さて、このブログでは、テーマを「愛」に絞ります。少し概念が広すぎて、普段は若干の気恥ずかしささえ覚えてしまいそうな言葉ですね。本当は何も恥ずかしくないはずなのに。愛を様々な方向から考えていくことに何かの意味があるような気がします。

言葉の概念が広い、ということをもう少し掘り下げてみましょう。「愛」と一口に言っても、世界には数えきれないほどの愛の形があります。好きな人に抱く感情はもちろんのこと、家族の中に流れる温かさや友人との信頼関係、あるいは知らない人同士の一瞬の気遣いも含まれるかもしれません。愛には限界がないのだと思うのです。だからこそ、多くの宗教で愛を説くのでしょうか(このブログに宗教的意図はないことを付記しておきます)。

 

ところで、「愛」を英語にしなさい、と言われれば、中学生でも答えることができるでしょう。おそらく彼らは love という単語を返してきます。では、「恋」は? この問いにも love と答えて何ら間違いはありません。love は特定の人との関係だけではなく、たとえば友人や動物など、より普遍的な意味での愛を意味する言葉であると考えることができそうです。

一方で、love と同様に日本語に溶け込んでいる英語に、 があります。こちらは特に情熱的な(そしてしばしば短期的な)恋愛を指すことが多いようです。

romance の派生語である romantic の対義語は、「現実主義」を意味する realistic 。しかし、愛に対義語などという考え方はふさわしくありません。さあ、romanticrealistic な世界へ。今すぐ出航です。今あなたが求めているのは、love / romance のどちらですか? 一緒に探しに行きましょう。